小学校のローマ字教育必修を提案し続けた
衆議院議員
Nemoto-Tadasi (根本正)
(1851−1933)
茨城県那珂郡の農家の生まれ.
1860年,近くの塾にはいる.
1864年,水戸の彰考館の総裁豊田天功の下僕となって,勉強に励んだ.
1871年,上京.
1878年,キリスト教の先例を受ける.
1879年,サンフランシスコに渡る.
1889年,バーモンド大学卒業.
連続10回衆議院議員.
農家の生まれであったため,下僕や人力車を引きながら,苦学をしてアメリカの大学を卒業.衆議院議員になってからは
● 義務教育の無料化.
● 未成年者の禁酒・禁煙.
● ローマ字教育の小学校必修.
に取り組んだ.
ローマ字教育の必修だけが取り残されてきたが,1907年には「衆議院で可決」している.その後も,たびたび提出しているが,実現したのは40年のちのことである.
Kugaku no hito rasiku, hontô ni taisetu na, konponteki na mondai ni
torikunde kita hito desu.