ローマ字国字論を完成した

大思想家

Nisi-Amane (西 周)

(1829-1897)

津和野藩(島根県)の藩外科医の生まれ.
父・時義は森鴎外の父の弟で,西家の養子となった人.

 周は,はじめ儒学を学び24歳で藩の培達塾の塾頭までになったが,25歳から洋学に移り,オランダに留学して広い範囲の学問を身につけ,哲学の体系をつくった大思想家.

1856(慶応2年)幕府開成所の教授として幕府の直参になった.
将軍徳川慶喜のフランス語教授,沼津兵学校校長も務めた.
1869年(明治2),陸軍省の役人になって軍人勅諭を起草した.

1873年,福沢諭吉・森有礼らと「明六社」をつくって,わが国の近代化を進める運動を展開した.のちに,東京師範学校の初代校長になった.
のち,学士院院長,元老院議官,貴族院議員.

現代的にも,多くのものを残している.
第一に,現在広く使われている,学術用語・哲学用語の基本的なものの多くは,西周のつくったことばである.たとえば,
学術,科学,技術,芸術,哲学,主観,客観,概念,観念,帰納,演繹,肯定,否定 など.
つぎに,明六社で作った「明六雑誌」第1号第1ページの「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」である.ここで,漢字制限,かな文字論と比較してローマ字国字論を10項目に分けて論じている.論理の明確さとともに,当時として「ローマ字国字論」を完成したものといえよう.現在,岩波文庫の「明六雑誌(上)」で読むことができる.


Mori-Ôgai no itoko ni konna daigakusya, daisisôka ga ita no desu.