5月20日は ローマ字の日
人間は言葉で考え,またお互いに言葉で考えを伝えます.
また,遠く離れた場所や離れた時間に,この言葉を伝える手段は,
長年の間文字がただ一つの方法でした.
人間にとって空気や水のように忘れがちではあるが,
人間生活や文化の上できわめて大切な
言葉と文字に感謝し
言葉と文字について考える日として
1955年5月20日に 「ローマ字まつり」が行われ
以後 5月20日 が 「ローマ字の日」 と決められています.
1987年以後は,財団法人日本のローマ字社が中心となって
この行事を行っています.
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ローマ字まつり実行委員会の ローマ字の日の趣意書 と
財団法人日本のローマ字社の 決議文を 紹介します.
“ローマ字の日”趣意書
日本はおよそ1,500年前まで文字をもっていませんでしたが、漢字を受け入れる
ことによって、 日本文化にあけぼのが来ました。 そして、さらに、かなの発明によ
って、 ふくよかな民族文化が育ったのであります。 また、 いまから400年前にロー
マ字が伝わるとともに西洋の文明が日本に入り、 一面、 日本文化も海外へ紹介さ
れて、 いわゆる東西文明の交流がはじまりました。 わたしたちは、文字というすぐ
れた文化財の恩恵について、 改めて思い起こしてみる必要がありましょう。
漢字が日本文化を豊かに育てあげた功績は大きく、とくに、かなの発明が広く文
化の普及に役立った貢献はきわめて大きいものがあります。 しかも、1590年にイタ
リヤ人宣教師ワリニヤーニ がローマ字活字と印刷機とを日本にもたらして、 ローマ
字書き日本語文献がつぎつぎに発行されるにおよんで、新井白石や賀茂真渕などが
はじめて単音文字の利点にめざめました。 さらにくだって幕末にヘボンがローマ字
による和英辞典を作ってから、 識者の関心がにわかにたかまり、 南部義壽(なんぶ
よしかず)が修国語論を著わしたのをはじめ、 いくたの先覚者が現れて、 1884年12
月に、 わが国初めてのローマ字団体が結成され、組織的な活動が始まりました。 そ
して、 しだいに、 理論的にも、 実際的にも、自然科学者、言語学者、文芸家などに
大きな共鳴をよび起したのであります。 それがついに実を結んで、 終戦後、 政府も
国語教育の一環として、 これを義務教育に取り入れることになったのであります。
日本ローマ字会 は、 多年、 ローマ字 の研究と普及とに力をつくしてきましたが、
この機運を深くよろこぶと同時に、 過去 400年 の間、 このために多くの先覚者たち
が払った努力を かえりみて、 いまさら 感謝と尊敬の気もちを 新しくしないではいら
れません。 今年は、上にのべた最初の“ローマ字会”の結成から数えて満70年に当
りますので、 この機会に過去および現在における文字の恩恵ならびに諸先覚の遺徳
に感謝し、 あわせて、 ローマ字の利用による日本語の発達をねがい、 毎年 5月20
日を “ローマ字の日” として、 全国的な ローマ字まつり の行事を催すことになりま
した。 みなさまの深いご理解のもとに、 この行事が、 みのり多いものになりますよ
う祈ってやみません。
ここに趣意を記して、みなさまのお力ぞえをおねがい申しあげます。
昭和29年11月
社団法人日本ローマ字会内
ローマ字まつり実行委員会
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Ro^mazi no Hi ni tuite
1. Nippon no Ro^mazi-undo^ no Senkakusya de ari, Nipponsiki-
ro^mazi no Dodai o utitateta Tanakadate-Aikitu Sensei wa
1952-nen 5-gatu 21-niti ni 96-sai de nakunarareta. Sono
Meiniti no maeno Hi no Gogatu Hatuka o "Ro^mazi no Hi" to
suru.
2. Kono Hi wa Nippon no Ro^maziundo^ no Rekisi o kaerimi,
Ro^maziundo^ o sarani tuyome kurihirogeru tameno Kinenbi
de aru.
3. Zaidan-ho^zin Nippon-no-Ro^mazi-Sya wa kono Hi no Gyo^zi
no Tyu^sin to natte, Zenkoku kakuti no Kinengyo^zi no Atoosi o
suru.
(1987. 03. 19 NRS Rizikai Ketugi)
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財団法人日本のローマ字社の決議文にもありますように,
「ローマ字の日」はローマ字運動の父 田中舘愛橘先生の命日
の前の日です.